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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)473号 判決 1992年12月08日

原告(反訴被告)

有限会社川口交通

ほか一名

被告(反訴原告)

甲斐順子

主文

一  原告らの被告に対する別紙記載の交通事故により生じた損害賠償債務は四九四万六〇一七円を越えては存在しないことを確認する。

二  原告らは各自被告に対し、四九四万六〇一七円及びこれに対する平成三年三月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告ら及び被告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用については、本訴・反訴を通じてこれを五分し、その二を被告の、その余を原告らの負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

(本訴関係)

1  別紙記載の交通事故に基づく原告らの被告に対する損害賠償債務は八万八八〇〇円を越えては存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(反訴関係)

1  原告らは各自被告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年三月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第二主張

一  本訴請求原因

1  原告三島と被告との間で、左記交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

(1) 日時 平成三年三月二三日午前三時ころ

(2) 場所 浦和市根岸五―二三―一五先路上

(3) 加害車 原告三島

(4) 被害者 被告、菊地睦子、松山京子、松隈文子

(5) 態様 原告三島運転の普通乗用自動車が、葛山博が運転し被告ら四名が同乗していた普通乗用自動車に追突した。

2  被告は、右事故により頚椎捻挫の傷害を受けたと診断された。

3  本件事故による被告の損害は慰謝料八万八〇〇〇円に過ぎない。ところが、被告はなおも原告三島及び同人の使用者で、かつ、加害車両の運行供用者である原告会社に対して多額の損害賠償請求権の存在を主張している。

4  よつて、原告らは請求の趣旨記載の債務不存在の確認を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3は争う。

三  反訴請求原因

1  本訴請求原因1に同じ。

2  本件事故により、被告は頚推捻挫等の傷害を受けた。

3  本件事故は、原告三島が前方注視を怠つたために発生した事故であるから、同原告は民法七〇九条により、また、原告会社は原告三島の使用者であり、加害車両の運行供用者であるから、民法七一五条もしくは自賠法三条に基づき、被告が受けた損害をそれぞれ賠償すべき責任がある。

4  損害

(1) 治療費 二一九万二三七〇円

(2) 休業損害 六六六万円

被告は、本件事故当時、大宮市仲町一丁目所在のキヤバレーでホステスとして稼働し、月額平均五〇万三〇〇〇円の給与を得ていたが、本件事故による受傷のため、本件事故当日から一三・二六か月間休業を余儀無くされたので、その期間における減収分

(3) 慰謝料 一八九万円

(4) 弁護士費用 一五〇万円

5  よつて、被告は原告らに対して、本件事故に基づく損害賠償として、右4の損害合計一二二四万二三七〇円の内金として一〇〇〇万円及びこれに対する事故発生の日である平成三年三月二三日から各支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  反訴請求原因に対する認否及び原告らの主張

1  反訴請求原因1は認める。

2  同2は否認する。

本件事故においては、被害車両は僅か五〇センチメートルしか前方に押し出されておらず、右車両に生じた損傷も軽微であり、右事故により被告に頚椎捻挫の傷害が生じたかは極めて疑わしい。現に被害車両を運転していた葛山博は何らの傷害も受けていない。

3  同3のうち、原告三島が加害車両を運転していたこと、原告会社が加害車両の運行供用者であつたことは認めるが、その余は争う。

4  同4のうち、被告が本件事故後病院で治療を受けたこと、被告の職業は認めるが、その余は争う。

本件事故当日のレントゲン検査の結果によると、被告の頚部に異常は認められず、歩行障害、排尿障害もなかつたから入院の必要もなかつた。また、被告の症状に対しては長期にわたる治療行為がなされているが、そこでの投薬内容(精神神経用剤、更年期障害用剤等)からみても、事故時から約三週間を経過した後の症状は心因反応もしくは高血圧に起因するものとみるべきであつて、本件事故との間に相当因果関係はない。仮に、右因果関係があるとしても、被告の体質及び心理的要因により損害が拡大したものであるから、民法七二二条二項を類推適用して、被告の損害から少なくとも八割を控除すべきである。

また、被告はいわゆるピンクサロンにおいて性交渉類似行為を伴う売春を労働としているものであつて、法の保護に値しないから、休業損害は認められないし、仮に何らかの休業損害が認められるものとしても、右損害は女子労働者の年齢別平均賃金により算出すべきである。また、キヤバレーのホステスとしての収入を基礎として算出するとしても、被告の収入金額から必要経費として四五パーセント相当額を控除した金額をその所得とすべきである。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録、証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件事故の発生、原告三島が加害車両を運転していたこと、原告会社が加害車両の運行供用者であつたことは、いずれも争いがない。

二  原本の存在・成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三、第六号証、第七、第八、第一〇、第一一、第一三、第一四号証の各一、二、第九、第一二、第一五ないし第一八号証、成立に争いのない甲第二二ないし第三〇号証の各一、二、第三七、第三八号証、丙第一、第二、第五号証、第三、第四、第六、第七号証の各一、二、原告ら主張の写真であることに争いのない甲第一九、第二〇号証、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、本件事故の態様は、原告三島が加害車両を運転中脇見をしていたため信号待ちで停止していた被害車両に追突したというものであること、右事故により被害車両は前方に押し出されたこと、追突による衝撃で被害車両の後部左端のランプが破損、後部バンパーが少し変形し、加害車両前部のバンパーがやや凹損したこと、被害車両の運転をしていた葛山博は負傷しなかつたが、後部座席に同乗していた被告、菊地睦子、松山京子、松隈文子の四名はいずれも頚部に痛みを訴え、病院で頚部捻挫(もしくは頚椎捻挫)と診断されて、その治療を受けたことが認められる。

ところで、原告らは、被告の症状は心因反応に過ぎず、また、本件事故当時の加害車両の速度が時速一〇キロメートル程度であり、被害車両の運転手であつた葛山は何ら負傷していないこと等を根拠として、被告の頚椎捻挫の症状と本件事故との間には相当因果関係を争うので、この点につき検討する。

なるほど、甲第三一、第三三号証の記載には右主張に沿う部分があるが、事故時の速度、被害車両の移動距離に関する右記載部分はこれを裏付ける証拠が他にない以上ただちに信用することはできない。また、確かに本件事故による車両の損傷は軽微であり、被告らには他覚症状が存しないが、本件のようにいわゆる鞭打ち症と呼ばれる傷害の場合にはそのような事例もまま存するところであり、右の事実をもつて、被告の症状をただちに詐病であるとは断定できず、また、被害車両の運転手が負傷していないからといつて同乗者も負傷していないとは当然にはいえない。

そうすると、被告はいずれも本件事故により頚椎捻挫の傷害を受けたことを推認せざるをえない。

したがつて、被告三島は民法七〇九条により、被告会社は民法七一五条もしくは自賠法三条により、被告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

二  そこで、損害について検討する。

1  原告らは、本件事故時から三週間を経過した後に発生した損害は本件事故と相当因果関係がないと主張するので、この点について検討する。

原告ら提出の甲第三九号証には、被告の右主張に沿うような医師の意見が記載されているが、これは同医師は被告を実際に診断してはいないこと、一般的に鞭打ち症を訴える被害者の中には、他覚症状はみられないものの、不定愁訴と類似する症状が長引き、治療効果が出にくい例も少なくなく、被告もこのような一例とみるべき余地があること、詐病であると断定するだけの証拠も見当たらないこと等に照らすとにわかに信用できず、他に右主張事実を裏付けるに足る証拠はない。

したがつて、原告らの右主張は採用できない。

しかしながら、前記甲第三八号証の記載によると、被告の血圧が事故後まもないころから時折正常値より高い値を示していること、被告の主訴には高血圧に起因するものと判然とは区別できないものもみられることが認められること、被告と同じ車両に乗つていて同様に事故に遭い頚椎捻挫等の症状を訴えていた菊地、松山、松隈の三名は平成四年九月三〇日までには治療を終わつていること及び被害車両の運転手は本件事故により負傷していないことが当裁判所に顕著であることに照らすと、一人被告のみの症状が遷延したのは、被告の体質的、心因的素因にもよると推認でき、このような事情は本件事故による損害の算定にあたつて考慮に値するものと考えられる。

そして、右事情からすると、被告の後記治療費及び休業損害の算定については全損害の三割を控除するのが相当である。

(治療費)

前記甲第二二ないし第二四号証の各一、二、第三七、第三八号証によると、被告は本件事故後救急車により川久保病院に入院し、同日のうちに斎藤病院に転院し、同病院に同日から同年五月二一日までの六〇日間入院し、同月二三日から平成四年五月一日までの間通院(実日数二二六日)を継続し、その間、後頭部・腰部挫傷、頸椎捻挫の治療を受けたこと、その費用として少なくとも被告主張の二一九万二三七〇円を要したことが認められる。

(休業損害)

被告本人尋問の結果によると、被告は本件事故当時大宮市仲町一丁目所在のキャバレーでホステスとして稼働していたことが認められる。

ところで、被告は、本件事故当時月額五〇万三〇〇〇円の収入があつたと主張し、被告本人尋問の結果及び甲第一五号証には右主張に沿う部分がある。しかしながら、被告は確定申告・源泉徴収等による所得税の納付もしていないため、納税面からの収入の把握が不可能であり、また、右甲号証をもつて被告の収入の裏付けるに足る証拠と評価することはできないから、本件事故当時における被告の収入金額を認定することはできない。

そうすると、被告(昭和一六年四月一三日生)は、本件事故当時、満四九歳の勤労意欲があつて稼働可能な状態にある女子であつたといえるから、同人の休業損害は賃金センサス平成元年産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・年齢四五歳ないし四九歳の平均年収額二八五万八九〇〇円を基礎として算定するのが相当である。

また、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告は本件事故の日から平成四年五月一日までの間仕事のできる状態ではなかつたことが認められ、右期間(一三・二六か月)につき休業損害を請求することができ、その額は三一五万九〇八四円となる。

そうすると、右治療費及び休業損害の合計額は五三五万一四五四円となり、前記のとおり症状の遷延についての被告の体質的、心因的素因を考慮して、右損害から三割を控除すると、残額は三七四万六〇一七円となる。

2  慰謝料について

被告本人尋問の結果によると、被告は本件事故により受傷し、前記のとおり入通院を余儀無くされ、多大の精神的苦痛を被つたことが認められるところ、前記のような本件事故の態様、被告の症状及びその主訴には心因的要素も寄与しているとみられること等諸般の事情に照らすと、被告に体する慰謝料は、七〇万円が相当である。

3  弁護士費用について

本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては五〇万円が相当である。

4  以上によれば、被告が本件事故により原告らに対して請求しうる損害は合計四九四万六〇一七円であると認められる。

四  以上のとおりであるから、原告ら及び被告の本訴及び反訴請求は主文第一、第二項掲記の限度で理由があるが、その余は失当である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林敬子)

別紙

日時 平成三年三月二三日午前三時

場所 浦和市根岸五―二三―一五先路上

事故態様 原告三島が普通乗用自動車を運転して走行中、その前方で対面の赤信号に従い停止していた葛山博運転の普通乗用自動車の発見が遅れ、同車後部に自車前部を追突させた。

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